ここはかくれが、ふたりきり。

わたしがいて、あなたがいる。あなたがいて、わたしがいる。どちらが先かに意味はなく、このひとときに、ひとりになれる。

『(前略) 我々はどこへ行くのか』:―生きることは死ぬこと― Part1

 私には輝かしい未来が待っていると信じていた。いつまで経ってもこの楽しい時間が続くものと信じてやまなかった。保育園、小学校、中学校、高校と、その考えに疑いが挟まる余地はなかった。どれだけ時間が過ぎようともその時間は見せかけのもので、この身は決して衰えることのないものだと、そう信じていた。「生きる」という事は何か絵空事のようなもので、自分には関係のない、どこか遠い所にある物語だと感じていた。どれだけ悲惨な殺人事件も、どれだけ卑劣な自爆テロ事件も、自分ではないただの他人事としか思えなかった。それは生来的に備わっている感覚なのだろうか、とにかく理由もなしに、私は徹頭徹尾、そう信じていた。

 

 

 就職が決まってから現在に至るまでのおおよそ二ヶ月間、私は「スプラトゥーン」に激ハマりしている(このエントリーを書きながらもスプラトゥーンのサントラを流している)。酷いときには1日に11時間もプレイすることがあるくらいにハマっている。システム的な詳細は割愛するが、ウデマエやランクが上がっていく度に喜びを覚え、負ける度に悔しさを感じ、久しぶりに「ゲームをしている」という感覚を全身で味わっている。

 しかし、ランクがMAXまで上がり、ウデマエも「S+」(この中にはいわゆるカンスト勢と呼ばれる化物も含まれるのだが、とりあえず横に置いておく。ちなみに今は落ちて「S」にいる)に到達してしまうと、することがなくなる。色々とプレイスタイルを試行錯誤することも可能なのだが、一つの武器にこだわってプレイしてきた私は、それが出来るほどの情熱を持ってはいなかった。

 そうなってくると、「スプラトゥーン」をプレイしている時間が、何か空虚なものに思えてくるのである。WiiUの電源を入れてソフトを立ち上げ、プレイすれば実際は楽しいのである。そこら辺は理屈抜きだ。しかしながら、勝とうが負けようがウデマエが上がろうが下がろうが、もはや以前ほどの興奮と絶望は感じられなくなったのだ。しまいには「あーあ、またスプラトゥーンしてしまったな……」と、自己嫌悪さえ抱いてしまう有様である。間違いなく習慣になってしまったので、プレイすることに対するハードルが小指の爪ほどもない。ただまあ、私の中の最新ハードが据え置き機なら「PS2」、携帯機なら「PSP」と、隔世の感があるだけに、久しぶりのハード、ましてやソフトの出来もいいとくれば、致し方のない状況ではあると思う。言いたいことはそうではない。

 

 ここからが本題。先日、父親が入院した。その日も例の如く「スプラトゥーン」をプレイしていたのだが、そこに一本の電話が。何事かと思って話を聞くと「病院の診察券を持ってきてほしい」とのこと。あまりにしょうもない内容で不機嫌になったのを覚えている。だが養ってもらっている無職の身、断ることなど言語道断。診察券を持って近所の町医者に向かった。雨の降る日だった。

 診察券を渡してから、駐車場で待つ。しばらくしてから戻ってきた父親は「中央病院行くからよろしく」と言った。「え?」と思わず漏らしたが、どうもその町医者では診察がつかなかったらしく、設備のある県立中央病院で診察を受けることになったそうだ。もう外に出ているのでついでだからと、病院まで送って行き、すぐに終わるだろうと思いまたもや駐車場で待機。しかし待てど暮らせど帰ってくる気配がない。そこに一本の電話。『今診察室だけど、ちょっと来てくれ』と。「来てくれ」? 「終わったから来てくれ」じゃなくて? クエスチョンマークを飛ばしながらも、仕方ないので言われた通り救急外来の入り口から診察室に向かう。

 だが誰もいない。電話を掛けてうろうろしているとやがて声を掛けてくる人がいた。看護師さんである。「ご家族の方ですか?」と言われ、「はい」と答える。「どうぞこちらに」と誘われるがままについていくと、入った診察室で、心臓がはっきりと、嫌な音を立てた。父親がストレッチャーに横になっているのだ。状況がまったく把握できなかった。そうこうしている内に循環器内科の先生が説明をしてくれた。曰く、心筋梗塞の疑いがある、と。曰く、これから心臓にカテーテルを通して検査をする、と。曰く、極稀にではあるが、重篤な副作用が出ることもある、と。曰く、もし冠動脈に狭窄が見つかれば「ステント」を入れ、その際は一生薬を飲み続けなければならない、と。「何を言っているんだ貴方は」という思いと「しっかり聞いて理解しなければ」という思いがせめぎ合って、よくよく話が頭に入って来なかったのを覚えている。ストレッチャーで検査室へと運ばれていく最中、パニックになりそうな頭を冷静にさせたのは、意外にもストレッチャー上の人物だった。

 

 

 

「案外乗り心地悪いですね」

 

 

 

(あっ、これ大丈夫だわ)と思ったことは、秘密にしておこう。果たして検査の結果は異常なし。念の為に一晩ICUで過ごすことになったのだが、(病気ではないが)病床にいる父親の姿がどこか小さく見えたことに、一抹の寂しさを覚えた。ややもすれば涙さえ見せてしまいそうな、そんな状態だった。しかしながら、人間とは不思議なもので、一安心すれば腹も減る。それから一夜が明け、前日の検査ではできなかった検査を行うということで、一週間ほどの検査入院となったのだ。話が長くなってしまったが、結論を言えば、どこにも異常なし、であった。改めて健康を確認できて良かったね、ということでこの騒動は幕を閉じた。のだが。

 

  私の心に、大きな爪痕を残していったのである。続く。