ここはかくれが、ふたりきり。

わたしがいて、あなたがいる。あなたがいて、わたしがいる。どちらが先かに意味はなく、このひとときに、ひとりになれる。

防災士という資格を取得した話

 ブログの最終更新日を見てみると、なんと一年も前になっていた。恐るべきは時の流れの早さであり、そして未だ収束の兆しを見せぬ新型コロナウイルスである。

 別段ソロキャンプであれば他人と接触する訳でもなく、感染のリスクはそこまで高くないと思われるのだが、私の職場の子どもたちが大変な不便を強いられている中で、“大人”である私があれこれと奔放に出かけまわっているというのも何か心苦しい部分がある、という気持ちもあり、なんとなくの自粛という形になっていた。

 

 さて、今回の話題に入る前に少しだけ。実は私、仕事を辞めている。2021年5月の段階で無職である。話せば長くなるのでとりあえず辞めたという事実をお伝えするに留めておく。もはや憤りも愚痴も無用の長物である。さっさとゴミ箱に捨てて収集してもらおう。

 

 

 ということで、4月から無職として晴れて自由の身となったのだが、少しだけ私の好きな映画のジャンルの話をさせてほしい。私はいわゆる「パニック・ムービー」、「ディザスター・ムービー」が好きである(この分類が正しいのかは申し訳ないが分からない)。ただ映画自体をそこまで頻繁に見るわけではないので『アウトブレイク』、『コンテイジョン』、『感染列島』、『デイ・アフター・トゥモロー』、『ノウイング』、『2012』、といった有名所しか知らないのではあるが、ゾンビものはまったく興味がなく、「ウイルス系・災害系」の映画が好きなのだ。

 もしかすると、私の中にある破滅願望に似た何かがそういった映画を好みたらしめているのかもしれないが、それはどこかで語ることとして横に置いておいて、私は「備える」ということがやたらに好きである。

 前職での体験からばかりの引用になるが、たとえば子どもたちのクラブ活動に際しての費用の見積もりなど心が踊ったものだ。以前にもチラリと紹介した野外活動の研修で総務を担当した際は日程表を隅から隅まで穴が空くほど見つめ、重箱の隅をつつくように疑問点を洗い出し解決していった。一番記憶に新しいのは、退職にあたっての引継書の作成である。正直周りから引かれるほどの出来栄えであったと自負している。

 このような作業をしている間はとても苦しいのである。頭を絞りに絞って理解の及んでいない点はないかを洗い出し、配慮が足りていない点はなかと苦心し、漏れている点はないかと点検をする。頭が痺れるほどに考え抜いた末に想定された「本番」を迎えたとき、自分の「備え」に抜かりがなかったことを実感し、絶頂に達するのである。

 

  これらは単に職務的に必要なものであって、もしかすると「備える」という範疇には含まれないかもしれない。そこで、日常生活において「備える」ということが意識される状況を考えてみると、やはり真っ先に思い浮かぶのは「防災」ではないかと思う。

  今現在、南海トラフ巨大地震の到来が迫っていると警鐘が鳴らされている。私は阪神淡路大震災が発生したときにはまだ物心がつくかどうかというところであり、はっきりとした震災の記憶はない。両親はかなり揺れたと言っていた。そして先の東日本大震災発生時には大学生であり、こちらは発生の瞬間をはっきりと覚えている。直接に被災した訳ではないので、幸いなことに今まで一度も震災に見舞われることなく生きてこられている。ありがたい話である。

 「防災」という言葉に付属して「家庭での備蓄」が叫ばれるようになって久しいが、それでも浸透しきっていないのが現状であろう。*損保ジャパン株式会社が2020年に行ったアンケート調査によれば、東日本大震災から10年が経った今、自然災害が身近に迫ってきているという認識や、「防災」に対する意識は高まってきている一方で、災害への対策を何も講じていない家庭は約4割に上るという

*損保ジャパン株式会社 「災害への備えに関するアンケート」結果よりhttps://www.sompo-japan.co.jp/-/media/SJNK/files/news/2020/20201228_1.pdf?la=ja-JP

 

 そんな「防災」だが、世の中に「防災士」という資格があることをご存じだろうか。私も防災に関する記事を読んでいるときに目にしていたかな、くらいの記憶しかなく、明確にどこで認識したかということは分からないが、もともと「防災」に興味があったことから、職を辞した今、資格取得に踏み切ったというわけである。

 そもそも「防災士」はどういった存在なのか、というところから説明しなくてはいけないと思うが、少々面倒くさい上に長くなってしまうので、それは公式サイトに任せることにする。『防災士HP:https://bousaisi.jp/

  私が防災士の取得に踏み切ったのは、「キャンプと防災との間には親和性があるのではないか?」という気付きがあったから、である。コインの表裏という感は否めないが「非日常」という点では「防災」も「キャンプ」も同じ観点から眺めることができる。

 

 ただ、勘違いされないように言っておくが、「防災士」の資格それ自体は公認会計士宅建士のように取得することに大きなハードルがあるわけでもなく、それだけで食っていくことはできないものである。なんせ二日間の研修を受けて最後に択一式の簡単な試験を受けるだけでパスできるからだ。

 そうではなくて、取得してからどうするか、というところに重きが置かれる。地元の自主防災組織に協力するだとか、自分の職場のBCP(事業継続計画)の作成に着手するだとか、研修で学んだことを如何にして自分の身の回りの事柄に反映させていくか、といった具合である。まずもって防災士がすべきことは「自分の家の防災化から」と言われているほどである。個々人ができることには限度がある。しかし、確実にできることを行っていくことによって、少しずつ防災に対する社会全体での意識が醸成されていくのだ。それをミクロなレベルで推し進めていくのが「防災士」という存在である。

 

 

 ということで、私はこれから「防災士キャンパー」を名乗っていくことにした。もちろんそんな肩書は公に認められているわけではないのでなんの権威も保証もあったものではないが、こういうものは名乗ったもの勝ちなのである。「防災」と「キャンプ」の垣根にあるものを掘り起こし、両者の親和性を世に知ろしめす機会となることを願っている。